品目概述
「機縁」とは因縁、根器の意である。本品は慧能と複数の弟子・学人との対話を記録し、慧能が因材施教・応機説法する教学スタイルを示している。それぞれの弟子にはそれぞれの根器と因縁があり、慧能は異なる方式で彼らを自性に見せるよう導いた。
本品は壇経中最も長い品であり、生き生きとした禅宗公案を大量に含み、後の禅宗「公案」伝統の源流の一つである。
一、法海:即心即仏
経文
僧法海は韶州曲江の人なり。初め祖師に参じて問う。「即心即仏、願わくは指諭を垂れよ。」師曰く。「前念生ぜざるは即ち心なり。後念滅せざるは即ち仏なり。一切の相を成ずるは即ち心なり。一切の相を離るるは即ち仏なり。吾が若し具に説かば、劫を窮むと雖も尽きじ。吾が偈を聴け。即ち心を慧と名け、即ち仏を乃ち定と為す。定慧等持すれば、意中清浄なり。此の法門を悟るは、汝の習性に由る。用は本より無生、双修是れ正なり。」
法海は慧能の首席弟子であり、壇経の記録者でもある。彼が「即心即仏」の意味を問うと、慧能の答えは簡潔にして深い。「前念生ぜざるは即ち心なり。後念滅せざるは即ち仏なり」——過去の心念が再び生起しないのが心、未来の心念が滅除されないのが仏。
二、法達:仏の知見を開く
経文
僧法達は洪州の人なり。七歳で出家し、常に『法華経』を誦す。祖師に礼参したが、頭地に至らず。祖が呵した。「礼地に投ぜず、何ぞ礼せざるに如かん。汝の心中に必ず一物有り。何事をか蕴習せるや。」曰く。「『法華経』を念ずること已に三千部に及ぶ。」
法達は『法華経』を三千遍誦したが、心中に驕慢があり、礼拜の時に頭が地に触らなかった。慧能は彼の心中に「物」があると批判した。法達が「それならば、ただ義を解すればよく、経を誦する必要はありますまい」と問うと、慧能は答えた:
経に何の過有らん。豈汝の念を障げん。只だ迷悟は人に在り、損益は己に由る。口に誦して心に行ずるは、即ち是れ経を転ず。口に誦して心行ぜざるは、即ち是れ経に転ぜらる。
「口に誦して心に行ずるは、即ち是れ経を転ず」——口で経を誦し心中で経を行ずれば、あなたが経を(支配する)転じている。「口に誦して心行ぜざるは、即ち是れ経に転ぜらる」——口で経を誦しても心中で行ぜなければ、経に(縛られて)転ぜられている。この教導は経典への執着を打破し、心性修行の重要性を強調する。
三、智通:転識成智
経文
僧智通は寿州安丰の人なり。初め『楞伽経』を見ること約千余遍なるも、三身四智に会わず。師に礼して其の義を求めた。師曰く。「三身とは、清浄法身は汝の性なり。円満報身は汝の智なり。千百億化身は汝の用なり。」
智通は『楞伽経』を千余遍読んだが、「三身四智」を理解できなかった。慧能は三身を自性の三つの側面として解釈した。法身は自性、報身は智慧、化身は作用。「若し本性を離れ、別に三身を説かば、即ち是れ有身無智と名く」——自性を離れて三身を語れば、それは身はあるが智がないというものだ。
四、智常:見性成仏
僧智常は信州貴渓の人なり。髫年に出家し、志は見性を求む。一日参礼して、師が問うた。「汝何れの処より来たり。何事をか求めんと欲するや。」曰く。「学人近ごろ洪州白峰山の大通和尚に往き礼して、見性成仏の義を蒙示す。未だ狐疑を決せず。遠く来たって投礼す。伏して和尚の示誨を望む。」
智常は大通和尚のところで疑惑を解くことができず、慧能を参じた。慧能は大通の教導を指して「彼の師の所说は、猶お見知を存す」——あの先生の教導にはまだ「見」(見解)の執着があると指摘した。真の見性とは「見を見んと欲する時、見は是れ見にあらず」——「見」を見ようとする時、「見」そのものも真の見ではない。
五、行思と懐譲
行思禅師は吉州安城の劉氏に生まる。曹溪の法席盛化なるを聞き、径ちに来たり参礼す。遂に問う。「当に何をか務めんとすれば、即ち階級に落たざる。」師曰く。「汝曾て什麼を作したる来たりしか。」曰く。「聖諦も亦為さず。」師曰く。「何れの階級にか落つ。」曰く。「聖諦も亦為さず、何れの階級か之有らん。」
行思は後に禅宗青原系の開祖となった。慧能に「どうすれば修行の段階に落ちないですむか」と問うた。慧能が「お前は今まで何をしたか」と反問すると、行思は「聖諦もしない」と答えた。慧能は「それなら何の段階に落ちるというのか」と言った。この問答は「不修之修」の禅宗精神を示している。
懐譲禅師は金州の杜氏の子なり。初め嵩山の安国師に謁し、安が之を曹溪に発して参叩せしむ。譲至りて礼拜す。師曰く。「什麼物ぞ。恁麼に来る。」曰く。「説きて一物に似せんとすれば即ち中らず。」
懐譲は後に禅宗南岳系の開祖となった。慧能が「何かものか。どうやって来たのか」と問うと、懐譲は「それを一つのものに似せて言えば、もう当たらない」と答えた。この問答は後に禅宗の有名な公案となった。
六、永嘉玄覚:一宿覚
永嘉玄覚禅師は温州戴氏の子なり。若くして経論を習い、天台止観法門に精通す。因に『維摩経』を見て、心地を発明す。偶ま師の弟子玄策が相訪い、与其に劇談し、出言暗に諸祖に合す。策云う。「仁者法を得たる師は誰ぞ。」曰く。「我方等経論を聴くこと各々師承有り。後『維摩経』に於いて仏心宗を悟るも、未だ証明する者有らず。」策云う。「威音王已前は即ち得。威音王已後は、師無くして自悟するは、尽く是れ天然外道なり。」
永嘉玄覚は天台止観に精通し、『維摩経』を読んで悟ったが、誰にも印証されなかった。玄策が彼を連れて慧能を訪ねた。玄覚は慧能を三回回り、錫杖を振って立った。慧能は「沙門たる者は三千威儀、八万細行を具す。大徳はいずこの方より来たりて、大いなる我慢を生ずるや」と言った。玄覚は「生死の事大、無常迅速なり」と答えた。慧能は「何ぞ無生を体取し、無速を了取せざるや」と言った。玄覚は「体すれば即ち無生、了するも本より無速なり」と答えた。慧能は「如是如是(しかりしかり)」と言った。玄覚が辞去しようとすると、慧能は一泊を留め、当時の人々はこれを「一宿覚」と呼んだ。
七、本品の要義
機縁品は複数の生き生きとした公案を通じて、慧能禅法のいくつかの特徴を示している:
- 因材施教 — 異なる根器の弟子に対して、異なる方式で導く
- 直指人心 — 遠回りせず、直接心性を指し示す
- 執着を破除す — 経典、修行、段階への執着を打破する
- 自性自悟 — 覚悟は自分のこと。師はただ印証するだけ
- 階級に落たざる — 真の修行はいかなる段階にも落ちない